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宮城県復興応援ブログ ココロプレス

「ココロプレス」では、全国からいただいたご支援への感謝と東日本大震災の風化防止のため、宮城の復興の様子や地域の取り組みを随時発信しています。 ぜひご覧ください。

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写真 「19年連続 生鮮カツオ水揚げ日本一」に向けて、気仙沼では生鮮カツオ水揚げが順調です。「今年はとりわけ脂が乗っている」と関係者の表情もほころんでいます。
2015.7 ~宮城県震災復興推進課~
2013年1月24日木曜日

2013年1月24日木曜日14:23

えみです。
2013年1月。あと2カ月で震災から丸2年になります。

大震災は広範囲に被害をもたらしたため、被害の大きさも各地でバラバラです。そして2年になるのに未だ復興のめどが立っていない地域もあるのが現状です。復興の進み具合にも差が生じ始めてきているのではと感じています。被災者の方々の生活が元の生活に一歩でも近づけることを願っています。




今日は、民間で運営している街の小さな美術館が震災から再開するまでの話を聞いてきました。


「福島美術館」は、仙台市若林区土樋にあります。

東日本大震災から1年9カ月にわたり休館していましたが、2012年12月19日に再開することができました。


閑静な住宅街にある可愛らしい黄色い建物が目印です。



福島美術館の母体は、複数の障害者施設を運営する社会福祉法人「共生福祉会」です。
4階建てのビルの2〜3階を展示室として使用している民間の小さな美術館ですが、江戸時代から昭和初期にかけての3,000点余りの美術•工芸品を収蔵しています。
収蔵品の多くは、仙台市の実業家•福島家が三代にわたり収集したものであり、これらは福島禎蔵氏(1890~1979)が自ら設立した共生福祉会に生前に寄贈され、福島美術館として昭和55年に開館されたそうです。



福島美術館は当時、常駐スタッフは事務1名、学芸員1名でした。(昨年7月より、補助金により学芸員1名が増員されました。)
今日は、学芸員の尾暮まゆみさんに震災時の様子を聞いてきました。


「震災当日は大きな揺れがあったにもにもかかわらず、展示物のケースも倒れることなく被害も最小限に収めることができました。ちょうど展覧会も終わり陶器などの工芸品は片付けていましたので、被害を免れほっとしました」

「しかし、昭和48年に建てられた古いビルなので壁の亀裂から雨漏りが起こり、修繕が完了するまで休館せざるをえない状況になりました。母体の障害者福祉施設も大きな被害を受けているので、美術館の修繕がいつになるか分からないという不安だけがつのりました」

「再開は未定になり、展覧会も開催できないという悔しさもありましたが、代々受け継がれてきた貴重な収蔵資料を守るために早急に梱包し雨漏りする部屋から避難しなくてはならなくなりました。でも、その梱包資材が足りません」

       

 
       


「このような時に、以前から交流のある大学の先生から”美術館は大丈夫ですか? 何か困ったことはありませんか?”というメールをもらい、サイトで福島美術館の状況を発信していただきました。
すると各地から支援の輪が広がり、必要な梱包資材などやお見舞金が届きました。本当にありがたいことです」

「作業が一段落したところ、工事の修繕見積もりが報告されました。1000万円という高額。社会福祉法人が運営する美術館にとってはとても捻出できる額ではありませんでした。(最終的には、修繕見積もりは1,300となりました)」

「しかしこのままでは建物の修繕もできず再開することもできません。どうすればいいか分からず、本当につらい日々でした」


尾暮さんは震災時の様子を振り返り丁寧に話してくれました。

     



震災後、雨漏りがする建物の中で、美術館に常駐しているたった1人だけの学芸員だった尾暮さんはすごく考え、悩んだそうです。

「再開する道はないだろうか?」

「学芸員として今するべきことは何だろうか?」

他の文化施設が再開する中で時間だけが過ぎていき、尾暮さんは再開のめどが立たないあせりと悔しさ、そして収蔵資料を守らなくてはならないというプレッシャーがあったそうです。


そして考えた末、尾暮さんが出した結論は。


「それは、収蔵資料を後世に継承することでした。本来、学芸員が美術館の収蔵資料と関わっていくのはほんの数十年です。これまでにも災害や戦争など多くの災禍をくぐり抜けてきた力強い作品です。次の時代へ伝えるという学芸員の仕事をやり抜かなくては思いました」

「今できないことも資料さえ残っていれば後の学芸員がやってくれる」

「これらの貴重なまとまった資料を私の代で絶対に終わらせたくない」

尾暮さんは強く思ったそうです。

        


その結論として、県の補助金だけではとてもまかなえず、
「もう周りの人にお願いするしかない」と寄付を募ることを決意しました。

「しかし震災の中、頂くだけでは申し訳ありません。そこで、収蔵品の中から幸福や祈りを込めて選んだ作品を7点選び、絵はがきにしてお礼に差し上げることを考えました」

こうして「七福絵はがき募金」がスタートしたのが2011年12月15日。その4日後の19日に初めて振込みがあったそうです。寄付のお礼の「七福絵はがき」には、無期限の招待券を同封しました。遠方からのご支援の方へ、いつでも、思い出した時に美術館に来館していただきたいという思いからだそうです。

福島美術館にご縁のあった方から、支援の輪が日本全国にどんどんひろまりました。
寄付は2012年12月時点で、600件・1000人を超える方から770万円になりました。

全国から支援していただきました。



きれいな「紋きり」で感謝の意を表しています。


「まさかこの小さな美術館のために、こんなに支援してくださるとは信じられませんでした」

尾暮さんは驚きと感謝でいっぱいだったそうです。

平成248月末、建物の修繕も無事終えることができ平成2412月19日再開することができました。
この日は「七福絵はがき募金」の振込を初めて受けた日だそうです。

支援をしてくださった方にお送りしている
七福絵はがき

無期限のご招待カード

無事に再開することができたのも、小さなご縁が人を通して伝わったから。それが大きな支援となり街の小さな美術館の大きな力となりました。収蔵資料を次世代に残すという橋渡しの大きな役目を、尾暮さんは努めることができました。


つぶやきノートには、訪れた方々のたくさんの感想が書いてありました。


尾暮さんは今回の震災で教訓として残ったこととして、「苦境に立ったときに第一に必要なことは情報を発信すること」だと強くおっしゃいます。

「今の状況を伝えること。何で困っているのか? 何が必要か? そうした事情を自分から何らかの手段で発信し続けること」が必要だということです。

また、現場に赴いて身体を動かすことだけがボランティアでなく、的確な情報発信をしてあげることのも大きな力となったそうです。

実際、福島美術館の場合は、多くの人たちがボランティアでツイッターやフェイスブック、ブログ、ホームページを通じて情報を発信してくれたおかげで、全国から支援をいただくことができました。
そして本当に困った時に一番頼れるのは最後は人。普段から相手の顔が見られるお付き合いをしていくことも大事だということが分かったそうです。



福島美術館は民間の施設であったため、どこに被災状況を上げればいいのか分からず、震災時は途方に暮れていたそうです。

「震災時は、とにかく作品を守るために早急に資料を避難しなくてはならず、作品のレスキュー作業に毎日追われていました。そのため情報の発信まで手が回りませんでした。
その時に声を掛けてくださり全国の皆さんに福島美術館の現状を発信してくださいました大学の先生、サポーターの方々がいなかったら再開することは難しかったと思います」
と震災後の様子を話してくれました。


七福絵ハガキ募金ありがとうございました。
平成24年12月19日再開しました。
感謝と祈りを込めて 福島美術館
学芸員 尾暮まゆみさん



「この小さな美術館は、いつでもふらっと立ち寄れ、気軽に作品と身近に接することができる施設です。これからも作品を見に来てくださった方とゆっくり作品を見ながら対話し、時の流れを感じ安らげる空間でありたいありたいと思っています。日々追われるように忙しい現代だからこそ、この美術館は変わってはいけないと思うんです」
と尾暮さんは最後にやさしく話してくれました。



玄関をはいるとすぐに修繕の跡がはっきりとわかる色の違う床に張られているタイル。
そのすぐ横の壁には魔除けの意味がある虎と蝙蝠(へんぷく:コウモリのこと)がはってありました。







福島美術館は民間の小さな文化施設です。
大きな文化施設が次々と再開していく中で、尾暮さんは再開のめどが立たない建物の中で、悩み考え悔しい思いもしたことでしょう。
民間施設であるために情報がうまく伝わらず資金面でも苦労し、再開が遅れてしまったことは残念なことでした。
しかし、民間施設であるために全国の方が支援してくださり、応援をしてくれたのかもしれません。
福島美術館は決して派手ではなく、街の一角にひっそりたたずんでいる隠れ家的な素敵な美術館です。
館内も人がそう多く訪れるわけでもないのでゆっくり作品を見ることができ、その時代にタイムスリップしたような気持ちにさえなりました。当時の生活の様子が目に浮かび時の流れを感じることができました。

見学者はリピーターの方が多いというのは、きっと皆さんどこかでそういう時間を求めているのだと思います。その気持ちが福島美術館の再開に向けて支援をしてくださり、この震災でなくなってほしくないという気持ちがあったのだと感じました。

全国から手をさしのべ応援してくださいました支援者の方々ありがとうございました。支援の輪が広がり「街のちいさな美術館」は震災にも負けず再開することができました。おかげで、過去から預かった貴重な収蔵資料を守り通し未来へと引き渡すことができます。

今日は素敵な美術館を発見できて、私自身もうれしかったです。
尾暮さんありがとうございました。
また遊びに行きますね。
 
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福島美術館
〒984-0065  宮城県仙台市若林区土樋288-2
電話  022-266-1535
http://www.fukushima-museum.jp/




 (取材日 平成25年1月16日)